私設強襲部隊ペドフィリアズ
国家を隠れ蓑に暗躍する闇の部隊、その名はペドフィリアズ

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第58話「晴れ時々特科弾」

「貴方の顔なんか見たくもない」
「それなら目を潰してあげよう」

KDです。

皆さん、繰り返してますか?
おいらは相変わらず繰り返してます。

ふと思ったんです。
人は死んだらどうなるのか。
もしかしたら、また過去の一点へと戻り、再び同じ人生を巡るのではないだろうか。

一番最初の記憶がどういったものか皆さんは思い出す事が出来ますか?
おいらが思い出せるのは、今は亡き祖父の記憶です。

その日、おいらは、歩いて5分とかからない所にある祖父の家に、母親と一緒に行く事になりました。おいらは自転車を押していました。自転車の篭には、鍋。その中には、母親が作った味噌汁が入っていました。祖母に先立たれ、独りきりで住んでいる祖父に、この味噌汁を届けるのが、その日の用事でした。
今にも雨が降り出しそうな曇り空の下、幼いおいらと母親は自転車を押して歩いて行きます。

―お爺ちゃん、喜ぶかな?
―ええ、きっと喜ぶわよ。

が、あろう事か、おいらは誤って自転車を倒してしまいました。篭の中の味噌汁は、無惨にも道の上にぶちまけられてしまいました。
泣き出しそうになるおいら。母親は厳しい人でしたから、祖父に会って直接謝るようにと、おいらに言いました。
祖父は、戦時中は近衛兵として陸軍に所属、終戦後は大工の棟梁となったという経歴を持つ人で、若かりし頃の祖父は、眼光鋭く、幼かった母親が、睨まれただけで泣き出す程だったといいます。
老いてからというもの、かつての眼光は祖父からは失われていましたが、それでもおいらには、寡黙な祖父は少しばかり畏怖の対象でした。

―きっと、怒られる。

が、そんなおいらの思惑も余所に、幼きおいらの罪を知った祖父は、顔色一つ変えず…むしろ微笑を浮かべて、許してくれたのです。

―いいとも、いいとも。気にするな。 爺ちゃんは怒ってなんかおらんよ。 男の子は失敗して大きくなるんだ。

祖父の優しい微笑。やれやれといった体の母親。いつの間にか曇り空は晴れ、辺りは夕暮れに染まっていました。

おいらが死んだら、ここからまたやり直すんじゃないか?
死んで、次第に記憶が薄れていく。自分が誰なのか、ここは何処なのか、何もかもがわからなくなって、不安さえ感じなくなる。やがて、夜明けと共に大地が少しずつ明るくなるように、記憶が戻ってくる。
その記憶は、幼い自分の記憶。
そしてまた、過去の一点より、同じ運命を辿り出す…

こう考えるとデジャヴってなんか怖くないですか。
「前にこれ見たような…」ってやつ。
そう感じるのって、幾度とない繰り返しの中で、前に実際に体験したからなのでは…?

なんてね。

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  1. 2007/02/26(月) 23:57:12|
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第57話「幻覚」

KDです。

最近の仕事は楽なものばかり。しかも先輩が気を遣ってくださって、週末は毎週外出しているので非常に具合が良いです。

以前、「意識にフィルタがかかっているように感じる」という話題をちょろっと出したと思います。

これ、精神的疲労からくるものかな~と思ってたんですが、違うみたいです。
駐屯地に帰るとONになるんです。
「自衛官モード」になる、と言ってもいいかも知れません。

外にいる時のおいらはノーマルモードで、相変わらず三度の飯より堕落が好きなダメ人間です。ああ、変わってねえなあ、と思います。
目先の欲望に素直です。
ゲームを始めたら、止まりません。眠ったら、なかなか起きません。二度寝三度寝は当たり前です。
腹が減ったら、高い金を払ってもたらふく食います。
特に、ムラムラした時、それを解消する為の方策を組み上げる腕は、恐ろしく周到です。

ところが、自衛官モードONとなれば、意識にフィルタがかかり、本来のおいらは、今実際に任務をこなしているおいらを何処かから眺めているような状態になります。
眠くても起き、腹が減っても不平一つこぼさず、怒られても嫌な顔一つせず、黙々と仕事をこなすようになるのです。

だから、任務外のおいらは本当のおいらではない。
いや、任務中のおいらが本当のおいらなのだろうか?

そんな事はどっちでもいい事です。
おいらはおいらに課せられた仕事をこなすだけです。
それ以上でもそれ以下でもない。



  1. 2007/02/25(日) 19:57:28|
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第55話「障壁256」

「死にたくなったらこの薬を飲むといい」
「じゃあ、今飲むわ」

やあ。KDです。
今、ホテルの一室で優雅にブランデー片手にこの日記を書いています。

嘘です。途中から嘘です。

おいらは今、カプセルホテルなるものに泊まっています。
初の体験です。
しかしこれがなかなかどーして良い塩梅です。

カプセルホテルというと、本当に寝るだけの、狭っ苦しいコールドスリープカプセルみたいな物が沢山並んでいるというイメージを抱いていたんですが、今回宿泊した所は違いました。
2畳程度の小さな部屋ではありますが、それなりにくつろぐ事が可能。寝転がって、枕元にビールでも置いてテレビを見るとか、本を読むとか出来ます。
その程度でくつろげるのかと言われそうですが、おいらはその程度でくつろげるので別に良いです。
何より一番大きいのが、個室だという事。小部屋の入り口はカーテンで覆う程度の物ですが、カーテンは程良く中を覗かれる心配の無い物となっています。多少、同階層の客達の立てる物音が聞こえますが、物音には慣れてるので平気です。戦車のエンジン音に比べたら全くの無音と一緒です。

自分だけの空間って素晴らしい。
独りきりって素晴らしい。
こんな事を言うと、世間一般では、「寂しい人」という烙印を押されます。

しかし良く考えてみて欲しい。
人が溢れかえっている現代社会で生活していると、どうしても気疲れしてしまうものです。他人に気を遣うのは疲れます。「そんな事はない」と言う人は、きっと他人に気を遣っていないのでしょう。羨ましい限りです。
「独りきりが良い」と言う人に「寂しい人」という肩書きを張りたがる人間だって、四六時中他人と一緒に行動しなければならない状況に置かれたら辛い筈です。そう言う人間も必ず、一日の何処かに、数時間独りになる環境がある筈です。それが当たり前のように感じているから、無感覚になっているから、自ら孤独を欲する人間に対して違和感を感じてしまうのでしょう。

人に囲まれているから、孤独が欲しいのです。よって孤独を欲する人間は寂しい人では無い。むしろ、他人との関係というものを重視している集団的な人間と言えるでしょう。他人に敏感なのです。人間は人と人の間で生きているから、「人間」と言うのです。

いくら他人に囲まれても孤独を欲しない人間というのは、逆に言えば人と人との間で生きていない。どれだけ沢山の人と一緒に居ても、その人は実は孤独なのです。だから改めて孤独が欲しいとは思わない。鈍感な人間なのです。
もしくは、あらゆる人を家族の様に感じているのかも知れません。お幸せに。

まあおいらは「寂しい人間」と呼ばれようが別にいいんだけどね。

待てよ?

もしかして…

みんなは「こんな世の中でも珍しく他人に敏感に生きている奴」だからこそ「寂しい人間」と呼ぶのだろうか?

「他人に気を遣い過ぎなんだよ。そんなに他人に媚びてないで、もっと自分を出してもいいのに…」という意味での「寂しい人間」なのか?

そこの所どうなってんですか。



  1. 2007/02/17(土) 21:19:05|
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第54話「ペーネミュンデの銀の狼」

「お前らのくだらない人生の中で、人生ゲームしたらええわ」

KDです。
生きるのは嫌だと散々言ってますけど、実はそうでもありません。

人生なんてくだらないんです。
そうなんです。くだらないんです。私は何処まで行っても、生きるに値する人生というものを見つけることが出来そうにありません。
例え、どれだけ頑張っても、結局はくだらないんです。
世紀を揺るがす大発明も、人類未曾有の大災害も、くだらないんです。
とにかくありとあらゆるものがくだらない。

しかし私は幸か不幸か、くだらない事を一生懸命やるというのが好きな性質でして。
アホな事を本気でやるのは素晴らしい。
人間とは滑稽な生き物なのです。その滑稽さを一層際立たせてくれるから、くだらない事に一生懸命取り組む人の姿は素晴らしい。

くだらないと割り切れば、世界なぞ意外と生きやすいものなのかもしれません。くだらないとわかっていれば、一生懸命やったって報われない事がある事だって飲み込める。自分だけが嫌な思いばかりする事だって納得がいく。だってそういうものなんだから。
どうせ人生がくだらないなら、一生懸命やってみれば面白いかも知れない。
だから人はくだらない目覚ましで起きて、くだらない電車に乗って、くだらない会社でくだらない仕事をするのでしょう。

かく言う私もくだらない日本の為に、私のくだらない命を賭けて働くというくだらない思いを抱いています。
どうせ守ってもくだらないんだけど、守らなくたってくだらないんだから変わらない。
だったらせめてくだらない事を一生懸命やって滑稽に生きようじゃないかい。

と自分に言い聞かせる私であります。皆さんいかがお過ごしですか。
あ、今までのは全部前置きです。いつもの事です。狐と酸っぱいブドウ理論です。辛い時によくやります。

さて、凍傷者が続出するという悪夢の訓練から生還した私であります。先週の事です。今更ですが。

実際の感想は、「大した事なかった。」
暖冬のせいか、それ程寒くなく、懸念していた降雪もなかったため、気候的には非常に快適な訓練でありました。まあ寒い事は寒いんだけども。
とりあえず、戦場の空気の片鱗を味わったような味わっていないような。
私は敵地のど真ん中で対戦車ミサイルを食らって行動不能となった戦車の中で、右太腿に重傷を負い、後送されずに戦死しました。

後送してくれよ。頼むから。

そんなこんなで明日からまた仕事です。
再びタンクに乗って何処かへ行きます。

早く休暇が来ないかなー、と。



  1. 2007/02/13(火) 15:53:39|
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第53話「ありったけの勇気

実は2、3人消してます。KDです。

DSの「タンクビート」というゲームを買いました。
内容はタイトル通り、タンクを操って戦うというものです。

それはいい。

ストーリーモードにツンデレ娘が出てくるんです。仲間の戦車兵として。

…女の戦車兵なんて実際はおらんのだが。

そりゃ、狭い戦車内に女がいたら色々と面倒ですから。狭いので他の乗員とどうしても距離が近くなってしまう。その上、何日間も山の中で狭い車内に一緒いてごらんなさい。俺は理性を保つ自信があるけど、他の乗員がどうなるかわからん。

まあ、百歩譲って良しとしましょう。

しかし、だ。
このツンデレ娘、髪型がポニーテール。

俺はポニーテール好きだよ。ポニテ。最近は滅多に見ないけど…じゃなくて!

戦車乗るのにポニテにすんじゃねえ!短くダンゴ状にまとめろ!と言うか切っちまえ!長い髪なびかせて乗るもんじゃねえんだよ!戦車ってのは!あっちこっち引っかかって危ないんだぞ!
女が戦車に乗るなとは言わねえ…ただ、それなりの覚悟をしやがれ!髪は女の命?ふざけるな!砲尾に引っかけて怪我されたらこっちが迷惑なんだよ!
キャラデザの人もちったあ考えてくれ!

あと、「萌えよ戦車学校」とかいう本を書店で見かけたんだが…

バカバカバカーッ!戦車を萌えにすなーッ!なんでもかんでも萌えにすりゃいいってもんじゃないぞ!
戦車は萌えるもんじゃない!戦車は命を預ける相棒なんだ!
俺も試しに一度、脳内で74式戦車を萌え擬人化しようとした事があるが…ダメだったッ!
戦車は戦車だ!あのフォルムこそが俺の心をくすぐるのだ!硬い鉄の塊でなくてはならんのだ!ぷにぷにしてそうなパーツがあってはダメなのだ!
戦車は萌えなどとはかけ離れた存在なのだ!戦車に萌えられるか?否!

「あれは兵器なんだぞ!?人を殺す為に作られた武器なんだぞ!?」

ところでさー、ここまで言っておきながら、いまだに「萌え」の定義がはっきりわからんのだけど。要はアレ?最終的に挿入したいかっていう事?なでまわしたいかっていう事?
教えてえらいひと。



  1. 2007/02/12(月) 23:44:39|
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第52話「シュツットガルトの赤い犬」

「撃たれて死ね!さもなくば横転して死ね!」
が口癖のKDです。

ガシャーン ガラガシャーン
(ガラクタを掻き分けて助手が研究室に殴りこんでくる)
「待ってくださいよ!「世界は己の意識次第だ」という論文を以前拝見しましたがね、あの説が正しければ、世界は自分の意識次第で如何様にも作り変えることができるという事ではないですか!?」
(博士は動じず、コーヒーを啜りながら答える)
「その通りだよ。やっと気づいたかね。KD君。それこそが世界の真理なのだ。」
「しかしですね博士!それを真理と決め込むにはいささか性急すぎではありませんか?」
「何ィィィ!?…そんな事を言うとは、まさかきみも私を誑かそうとする偽理者だったとは!」
「ええっ!?どういう事ですか博士!」
「すなわち私が到達した真理こそ正しいということだよ。他の人間が言う事など嘘だ!私を騙そうとしているんだ!」
「なんて頭の固い人だ!もっと柔軟な姿勢を持ったらどうです!」
「えーい黙れ!世界は私の意識でどうとでもなる!明るい世界は明るい!暗い世界は暗い!それだけのことなのだ!私の気分が明るければ世界は輝いて見える。落ち込んでいれば、青空さえも何か空虚なものに見えてしまう。そういうことなのだ。
私はもはや世界を見るのがつらくてしょうがない!
いっそのこと目が見えなくなってしまえばいい!」
「は、博士!以前、「目が見えなくなるのはとてつもなく怖い」と仰っていたではありませんか!」
「確かに。だが、目が見えなくなっても、どこか静かな場所にいることができればいいのだ!それで世界は事足りる!
今から私は寝るぞ!
だが、私が起きた時、君は君でなくなっている筈だ!
同様に、君の意識が眠りについているとき、私も以前の私ではなくなっているだろう。私は私を保っているつもりだが、確実に縛り付けておくことはできない。何処かにわずかなズレがある。
「私」を「私と認識する意識」の間にな!
実像と、それを定義づけるための論理が切り離されているのだよ!
世界はそうやって少しずつズレていくのだ!
そのズレが抑えきれなくなった時、世界のズレから何かが生じる!
破滅だとか救世主爆誕だとか、なんでもいい!
とにかく何かデカイことが起こるぜ!」

次に目が覚めたら世界の19階層目に到着。
がんばれ俺。



  1. 2007/02/11(日) 02:35:13|
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第51話「ドルトムントの黒い霧」

死にたい。さもなくば、死にたい。

いや、鬱とかそういうんじゃないと思います。
最近は仕事も楽しくなってきた。
仕事場の人達はみないい人だ。
特に不自由があるわけじゃないんです。
むしろ、仕事をしている時の方が何も考えなくていい。

なんだか世界が終息に近づいている気がします。
ある日突然世界が終わってしまうのではないだろうか。
そんな気がするんです。

休日。
いつも通り目が覚めて、いつも通り10時くらいに起きる。
ああ、もうこんな時間か。
風呂に行かなくちゃな。
そんな事を考えながら空を眺めていると、フッと辺りが真っ青になって世界が終わってしまう。
それ以上先には何もない。明日もないし、未来もない。
始めの内は意識があって、自分が自分であるという認識があるが、
それも少しずつぼやけてきて、最後には何がなんだかわからなくなる。

どうして世界が終わってしまったのか?
誰かが何かをしたせいなのか?
はたまた、俺だけがこうなっているだけで、周りの人達はいつも通りの明日を迎えていくのではないか?

それすらも考えられなくなって、最後には何かに溶けて無くなってしまう。

もしかしたら、俺はとっくの昔に死んでいて、
今見ているこれは、幻なのではないか?
これが、死後の世界という奴なのではないか?
俺の気づかない一瞬で、この世界は別の世界と入れ替わっているのではないか?

小さい…なんだ。ちっぽけだぞ。こんなものなのか?
まさか。世界がこんなに小さいわけがない。
ただこれは俺が変な状態にあるから…なのか?

最近身の回りで変なことが続いたからかな。

空挺隊員が訓練中に事故死して、俺はラッパを吹いた。
死亡した隊員の遺体が、たまたま俺のいる駐屯地に収容されたからだ。
死者の弔いの曲。正直うまく吹けたとは思わない。
が、この曲を吹いた事のある人間はほとんどいないらしい。
それはそうだ。隊員が殉職するなんて滅多にない事だし、しかもそれが自分の近くで起こるなんて。
俺は死者を見送ったのだ。拙いラッパで。

後期教育中に同期だった奴が行方不明になった。
教育終了時には、教育隊長から表彰される程の人物だった奴が、なぜ?
何処かに潜伏して国家転覆でも狙ってるのか?
そんな馬鹿な話があるか。

明日になれば忘れてるさ。今日のこのわけのわからない気分だって。



  1. 2007/02/11(日) 02:12:18|
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第51話「2月7日」

恋人たちが楽しく語らう時、
世界の何処かでは、
命を賭けて戦う人がいる。

2人がベッドの上で抱き合っている時、
世界の何処かでは、
銃を抱いて眠る人がいる。

このろくでもない、すばらしき世界。

我は聞いた。鋼鉄の叫びを。
我は見た。紅煉の炎の中に佇む姿を。

戦車兵は今日も冷たい山の中で眠る。
鉄の獣の腹の中で…

あー、してえなあ。sex。
sex!



  1. 2007/02/07(水) 22:27:19|
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第49話「2月4日」

今日は2月4日だった。

明後日から4日間の山ごもり~♪

嬉しくねえよ。

なんでも気温マイナス20℃まで下がる極寒の地らしい。
普通に凍傷になったりするらしい。
ふざけんなコラ。
スターリングラードじゃねえんだぞ。
わざわざそんな氷地獄みたいな所でやる事ぁねえだろ。
畜生め。

死ぬ気でやれば意外と何でもできるのよ♪



  1. 2007/02/04(日) 23:14:45|
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第48話「2月3日」

今日は2月3日だ。

最近、フィルタがかかっているように感じる。
自分を、もう一人の自分が見ているような、そんな感じ。
肉体を操っているのが意志だとしたら、その二つの間に隔たりを感じる。
他人の話に相槌を打っている自分を、もう一人の自分が冷ややかな目で見つめている。

―思ってもいない事言いやがって。

それに気づくのは頻繁ではない。
忘れている時もある。
気づいた時は違和感に襲われる。

「ここは、本当に自分がいるべき場所なのか?」

しかし、重ねて言うが、忘れている時もあるのだ。
きっと、時が経てばその違和感も消えていくのだろう。
そして、「やはりここが自分の居場所なのだ」と悟るのだろう。

…それは錯覚なのではないか?



  1. 2007/02/03(土) 09:53:45|
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