私設強襲部隊ペドフィリアズ
国家を隠れ蓑に暗躍する闇の部隊、その名はペドフィリアズ

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絶望的不安定世界 輪廻 -暗躍-

絶望的不安定世界 輪廻
第二羽 暗躍

 「そう。私はあの時君を助けた女の人よ」
 「・・・・・・」
 僕は何か言葉を発しようと試みたが・・・。
 取り留めの無い考えだけが頭の中を通り過ぎて行く。僕はそれをただ見つめる事しかできない。手を伸ばして掴もうという気すら起きない。どうしていいかわからない。
 「今、世界線がずれたんだ!」
 叫び声が聞こえた気がして、僕はハッと顔を上げた。
 ・・・また幻聴であった。
 外の通りを、自動車が通り過ぎて行くような音が聞こえた。幻聴なのか?それを判断する事すらできない。
 しばらくの間、僕はポカンと突っ立っていた・・・ように思う。
 突然、偏頭痛が再発した。頭の右側がズンズンと激しく痛む。僕はその痛みに耐えようと試みたが・・・余りの痛みの激しさに、僕は頭を抱えてその場に片膝をついた。それだけ、今、僕に襲い掛かっている痛みはモノスゴかった。
 どうしてこんなに頭が痛いのだろう・・・僕が何か悪い事でもしたのか?否・・・これは、突然、余りにも突然、不可解な出来事が起きたからだ。僕の脳髄は、突然、正体不明、容量不明の謎のデータを入力されてしまったのだ。だから僕の脳髄は誤作動を起こして・・・。
 「・・・嘘でしょう」
 誤作動を起こした脳髄が、デタラメな信号を出力する。結果、僕の口からは、反射的に言葉が発せられた。しかしその信号、一概にデタラメとも言えなかったようだ。
 女性は静かに頭を横に振った。
 「嘘ではないわ・・・嘘ではない。混乱しているのね・・・無理もないけれど、冷静になって、考えてみて。・・・君の過去を知っているのは誰?君が海で溺れた事・・・それを知っているのは誰?そして・・・私の顔を・・・君は覚えている筈。思い出した筈よ。」
 こんな・・・こんな事があるのだろうか?
 「・・・こんな事があるのだろうか?」
 僕は依然として、片膝をつき、頭を抱えた姿勢のまま、呟いた。
 「・・・君の身に、現時点、起きている事は紛れも無い現実よ。気をしっかり持ちなさい。」
 僕は顔を上げ、女性を見た。女性は、視線を僕の顔から、月明かりの窓へと移し、呟いた。誰に言うでもなく、呟いた・・・。
 「・・・それに、世界なんて元々こんな風に不安定なものじゃないのかしら?」
 バサバサバサッ。
 ・・・と、たくさんの鳥が羽ばたくような音が聞こえた・・・ように思う。・・・幻聴だ。
 しかし、その羽ばたきの音を聞くと同時に、僕の偏頭痛はスウッと治まった。痛みに替わって、一連の思考が滑り込んできた。
 (そうだ・・・間違いないんだ。世界なんて・・・元々不安定なものなんだ・・・例え・・・信じられないような・・・不可解な出来事が起きてしまったとしても・・・これは現実で・・・そうだ・・・“事実は、小説より奇なり”・・・ハハハ ナアンダ・・・別に・・・そんなに うろたえたり 取り乱したりする程の事じゃあない・・・)
 さっきまでの痛みが嘘のように、僕の頭には冷静な思考状態が戻ってきた。
 (そう・・・そもそも、だいぶ前から世界は不安定になっているんだ・・・今 僕に出来る事は この現実を受け止めるということ・・・そして それにどういった反応を示すか・・・さて 次はどうするんだ・・・)
 僕は立ち上がった。唾をゴクリと飲み込んだ。
 「・・・どうして・・・」「待って!」
 僕はギョッとした。僕の言葉を、女性が大きな声で遮ったから・・・。女性は真剣な眼差しで僕を見ている。月明かりで辛うじて照らし出される顔に、先程までの優しい微笑は見られなかった。
 「・・・君に出来る質問は一つだけ。そして、私が持っている解答も一つだけ・・・つまり、君は、正解の質問を見つけ出さなければ、真実を知る事はできない。・・・正解を見つけ出す事ができたのなら、私の持っている解答を全て貴方に与えましょう・・・そして・・・チャンスは・・・一度だけ」
 ・・・これまた厄介な事になってしまった。つまり・・・彼女はこの不可解な状況を消化する為の情報を持っている。ただしその情報は鍵の掛かった箱に閉じ込められていて・・・僕はその鍵を、一発で解除しなければならない・・・という事らしい。しかしこれは・・・簡単な事ではない。質問のパターンは無数にある。その中から、たった一つの正解を見つけ出さねばならないなんて・・・。
 「・・・・・・」
 僕の脳髄が、たった一つの答えを導き出すために演算を開始した。最も相応しい質問・・・複雑ではない・・・単純であって、当たり前のようであるが、真実を抉り出す言葉・・・。
 「・・・“どうして僕を呼んだんですか”・・・?」
 女性は僕の目を見つめたまま、ジッと真剣な表情を崩さない。その瞳の奥には、驚きの色も見て取れた・・・ように思う。
 10秒あまりそうしていただろうか?女性の口から出た言葉は・・・。
 「・・・正解よ。」
 女性の表情が和らぎ・・・今度は、憂いを含んだものへと変わった。
 女性はほうッと溜息を吐き、喋り出した。宝箱の蓋は、今、開いた。
 「・・・君を呼んだ理由は、私が君に“或る人”と会うためのきっかけを与えるため。では、どうして君は、間接的に、私に会う必要があったのか・・・それは、その行動が、“条件”だから、よ」
 「条件?」
 「そう。君が私の手紙に応え、ここまでやって来る事・・・そして、一つしかない正解の質問をする事・・・これが、その“或る人”と君が会うために必要な条件なのよ」
 ・・・それではまるで・・・。
 「・・・ゲームみたいだ・・・」
 女性の顔に柔らかな微笑が浮かんだ。
 「・・・そうね。ゲームみたいなもの。条件・・・“フラグ”と言い換える事もできるわね。フラグを満たす事で、イベントが発生する・・・でも・・・現実だって、ゲームのように、所々にフラグが存在するのよ。ただ、それが、一見すると無関係なもののように見えたり、一つのフラグが一つのイベントに対応しているわけではないから。これが現実と仮想の大きな違いの一つ。」
 「・・・・・・」
 「それに、現実では、『これがフラグです』と明確に表示される事はほとんど無い。日常の些細なイベントにも、フラグは存在しているのだけれど・・・例え、『貴方が先程遭遇した事象には、こんなフラグがあったのです』と説明されたとしても・・・きっと、大半の人は、理解できないでしょうね。・・・それだけ、現実におけるフラグというのは存在感や相互の関係性が不明瞭なの。知らなくても、特に問題が無いくらいにね」
 僕は黙ったまま彼女の話を聞いていた。彼女の話は、乾いたスポンジに水を含ませるかのように、僕の脳髄にシンナリと染み込んでいった。
 何故だろうか?
 何となく・・・そうとしか言いようが・・・否・・・あたかも、僕は、彼女の話を最初から知っていて、それを改めて説明されたかのようで・・・。
 「・・・さあ、次は、“或る人”と会うためのイベントを起こしましょう」
 女性は、布団の上に置いた手を、掌が上を向くように手首を返した。柔らかく握られた手が、ゆっくりと開かれると・・・そこには、一つの小さなフラッシュメモリが現れた。
 「このフラッシュメモリを、そのパソコンに接続して・・・ごめんなさいね。今日は起き上がれないの。」
 僕は言われるがままに、女性の手からフラッシュメモリを受け取り、傍らのパソコンに接続した。
 (?・・・今日は起き上がれない・・・?)
 一瞬、疑問が浮かんだが、すぐに意識の何処かに去ってしまった。今やらなければならない事は、今からやる事だ。
 すると、それまで、ただの照明であったパソコンが、本来の機能を発揮し始めた。データを読み取っているカリカリという音が、静かな部屋に響いた。やがて、モニタには、一つのウインドウが開かれた。それは、今僕が接続したフラッシュメモリに記憶されているデータを表示したものだった。ウインドウ内に表示されている分は、全て文章ファイルのようである。
 「それは、私と“或る人”とのネット上でのやり取りを記録したログよ。その1234番目のファイルを開いて。」
 僕は頷き、ウインドウの中身を流していった。ざっと見るに、このメモリ内には、文章ファイルしか入っていない。それぞれのファイルには、番号だけで名前が付けられている。女性が言った事から察するに、最低でも1234個のファイルが収められているという事だろう。僕はウインドウの隅に表示されている総ファイル数を見た・・・『1234個のファイル』。間違いない。ログは1234回で終了している・・・1234・・・単純な数字だ・・・それ故に、何か不自然なものを感じさせた。ひょっとすると、これも“フラグ”の一つなのかも知れない・・・。
 流れを止める。ウインドウの中央、やや右寄りに、「1234」と数字だけで名前の付けられた文章ファイルが表示されている。
 ファイルを開く。画面に、もう一つのウインドウが開き、ファイルの中身が晒された。そこにはこんな事が書いてあった。

 「貴方が前に進むか その場に留まるか それは貴方の意思次第です
 僕は貴方に強制はしない
 ただ 一つだけ
 お願いをさせてください
 貴方は自分の意思で行動して欲しい
 何ものにも流されずに
 今の自分の意思を信じて行動して欲しい

 埼玉県XX市 X-XX-X」

 「・・・これは」
 「その住所に、“或る人”が居る」
 「・・・・・・」
 静寂が部屋を満たした。
 パソコンから、微かに唸る様な音・・・外を自動車が通った音・・・虫の鳴き声・・・時間の流れが消えた。
 脳裏には、いくつもの思考が浮かんでは消えた。
 『伝書鳩』『どうして今になって手紙を届けたか』『あの時僕を助けた理由』『あれから今まで何をしていたのか』『包帯と点滴』『今日は起き上がれない?』『どうやって暮らしているのか』『“或る人”との関係』『僕の所在をどうやって知ったか』『どうしてさっきあんな大声を出したのか』『この商店は一体何なのか』『僕が来なかったらどうするつもりだったのか』『残りのログには何が書かれているのか』
 そのどれもが、知りたい事ばかりではあったが・・・何故か、脱力感に似た気持ちが僕の身体に纏わりつき、質問する事もせずに・・・否、実際に質問してみようという気も起きずに・・・ただボーッと、モニタに表示されたままの文章を見つめていた。
 静寂を破ったのは女性の声だった。
 「・・・君が、“或る人”に会えば、もっともっと世界が不安定になる・・・と、思うわ・・・」
 僕は電流を当てられたかのように、咄嗟に女性の方を振り向く・・・べきだったのかも知れない。しかし、僕は、モニタから目を放す事ができなかった。
 脱力感・・・無気力・・・今、僕にできる事は・・・?
 女性は言葉を繋いだ。
 「・・・私には、君を次なる行動へと強制する役割は無い。・・・でも・・・私の、個人的な・・・・・・?」
 僕は女性の顔を見た。
 彼女は俯いていた。布団の上に置いた手を、じっと見つめていた。
 「いいえ・・・ごめんなさい。個人なんて私には無かったんだわ・・・」
女性は寂しそうに呟いた。それを見た僕は、何故か、行動するきっかけを与えられたように感じた。
 「・・・聞きたい事が・・・」
 女性は首を静かに横に振る。
 「だめ。今、君が知る事のできる情報はこれだけなの。それに・・・私は、これ以上、君に与えられる情報を持っていないわ」
 「どうしてですか・・・?」
 「・・・・・・」
 「・・・その理由すらも、持っていないんですか」
 「・・・はい」
 「・・・わかりました。では、僕は、これで・・・」
 僕は踵を返し、部屋のドアへと歩き出した。
 「・・・“或る人”に会えば、もう少し、わかると思う・・・」
 それっきり、女性は口を噤んでしまった。

 僕は外に出た。
 どれくらい時間が経ったのだろう。
 時計を見ると、02:32を指したまま、針が止まっていた。電池が切れてしまったようだ。さほど驚きは無かった。大分使い古したものだったから。それに、万が一壊れても損失が少ないようにと、安物を買ったんだ。
 僕は時計を手首から外すと、ポケットにしまい込んだ。

 さあ、次に僕ができる行動は・・・何通りだろうか?

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  1. 2008/02/24(日) 12:31:49|
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絶望的不安定世界 輪廻 -腐敗-

第一羽 -腐敗-

 何気なく町を歩いていた。
 (カタツムリの渦巻は 北半球と南半球ではそれぞれ逆向きになるのだろうか?)
 そんな事を考えていた。
 「貴様か!俺のレジストリを弄ったのは!」
 叫び声が聞こえたような気がした。
 辺りを見回してはみるが、何も無い。
 (・・・やはり気のせいだ。)
 最近、幻聴と偏頭痛が酷くなった気がする。このまま自分が崩れてしまうのではないか。そんな不安にふと襲われ、ふらふらと路地裏に迷い込んだ。
 路地裏は腐っていた。
 腐敗した路地裏に滞留している空気を、肺いっぱいに吸い込むと、気分が悪くなってむせ返った。
 ふいに鳩の鳴き声が聞こえたような気がした。
 (・・・また 気のせいだ)
 違った。
 僕の目の前に、一羽の鳩が降り立った。
 カワラバト。よくいるやつ。
 グルッポ グルッポと鳴きながら、鳩は僕の前から逃げようともしない。
 (一体どうしたというのだ?)
 僕は鳩を観察した。
 すると、鳩の足に、金属光沢を持った小さな管が取り付けられているのに気付いた。
 僕はしゃがみ込み、鳩を両手でそっと抱き上げ、足の管を外してやった。
 鳩は再び空へと舞い上がり、路地裏の狭い空から見える太陽の光の中へと消え去った。
 僕の手には、金属の管が残されている。
 管をよく見ると、上から3分の1の所で、切れ目が入っている。どうやらこの管は中に何か入っているようだ。
 僕は期待に駆られながら管の蓋を外した。中を見ると、小さく丸められた紙が入っている。僕は紙を取り出し、広げた。
 そこにはこんな事が書いてあった。

 「突然のお手紙 失礼します
  ワタシは貴方とのコンタクトを求め こうして伝書鳩を使って手紙を届けさせて頂きました
  貴方はワタシの事など きっと忘れてしまっているでしょう
  しかしワタシは貴方の事を覚えている
  気になりませんか?
  知りたければ ワタシの所まで来て欲しい そしてワタシと会って欲しい
  お願いです
  ワタシはココに住んでいます
  
  東京都XX区XX X‐X‐X

  では お待ちしています」

 (一体何なんだ!?)
 僕は手紙を読み終えた途端、後頭部を鈍器のようなもので思い切り殴られたような衝撃を受けた気がした。偏頭痛が再発する。余りの痛みに意識が朦朧とする。
 (駄目だ このままでは僕は・・・)
 またしても自分が崩れてしまう不安が僕の心に襲い掛かる。僕はそれを振り払うために、大声で叫んだ。
 「一体何なんだ!」
 大声を出すと意識がはっきりしてきた。僕は腐った路地裏にいるのだった。
 手には小さな謎の手紙を持ったまま。
 一体、差出人は誰なんだろう?
 伝書鳩を使って僕に直接手紙を渡したかった理由は?
 『ワタシは貴方の事を覚えている』
 誰なんだ?僕がかつて会った事のある人間か?
 時計を見る。時間はたっぷりある。
 僕は駅に向かった。

 (伝書鳩は帰巣本能を利用しているだけであって 個人の特定まではできないはずだ よって 僕個人に 鳩を使って手紙を渡す事なんて不可能だ)
 しかし僕のポケットには先程の手紙が入っている。不可解な出来事の連鎖。この電車は現実か?僕は気が狂ったのか?夢でも見ているのではないだろうか?
 窓の外を見てみるが、そこには、見たことのある景色が流れているだけ。僕は帰省する時もこの電車を使うのだから、窓の外の景色を知っているのは当然だ。
 (・・・良かった。まだ現実だ。)

 東京に着いた。
 此処にくると僕は何故か落ち着く。東京は冷たい街だ、恐ろしい町だと言う人がいるが、その人たちは、はっきり言って臆病者だろう。いや、僕はそんな人たちを否定する権利など持ち合わせていないのかも知れない。間違っているのはその人たちかも知れないし、僕の方かも知れない。
 空はもう暗くなっていた。でもこの街は眠らない。夜を忘れようとしているかのように、周囲には光が溢れていた。
 携帯に何件か着信があったようだが、無視した。今はそれどころじゃないんだ。

 一方、その頃。
 ・・・陸上自衛隊F駐屯地 部隊事務室
 「K陸士長がまだ帰って来ない!?」
 「はい。何度か携帯に電話もしたんですが、繋がらなくて・・・」
 「実家に連絡は?」
 「しました。返答は『こちらには来ていない』との事です」
 「何てこった・・・あいつ、一体どうしちまったんだ?」
 「今まで変わった様子は無かったんですがね・・・」
 「とにかく探さなきゃならん。営内に残っている人間をかき集めて、捜索するぞ!」

 手紙に載っていた住所の近辺に来た。
 誰だって、やろうと思えばなんだってできる。突然の手紙に載っていた住所に辿り着くことだって、やろうと思えばできるんだ。できないと思うのは、やろうとしないだけだ。
 寂れた商店街。東京にこんな場所があったとは。やはりこの街は広いんだ。僕の知らない場所が幾らでもあるんだ。
 電柱に付いている小さな案内板を見ながら、番地を探していく。
 そして見つけた。番地が一致したのは、小さな商店の壁の番地案内板だった。
 (この店がそうなのか?)
 既にシャッターが下りている。何を売っている店なのかはわからない。時計を見る。0:18。とっくに閉店時間だろう。いや、店舗名すら判らないとなると、潰れているのかも知れない。
 そんな所に住んでいる人物とは?
 僕は店舗の裏に回ってみることにした。流石にこんな時間にシャッターをガンガンやって「開けてくださーい!」なんて真似はできないだろう。閉店しているのはこの店だけではない。近辺にはシャッターの下りている店がほとんどだ。住民も寝静まっている深夜。下手をすれば警察の世話になりかねないからな。
 裏手に回ると、そこで、みすぼらしい木製のドアを発見した。住民用の裏口に違いない。見るとドアの横にはインターホンも付いている。ここなら、問題ないだろう。
 僕はインターホンを押した。建物の中から、かすかに「ピンポ~ン♪」と聞こえた。次の瞬間。
 「どうぞーッ!」
 女の声。
 僕はビクッとしてしまった。その声は建物の中から響いてきたに違いない。多少くぐもっていた。それにしたって、こんな深夜に、こんな大声で叫ぶなんて、一体どういう人間なんだ?どういう神経をしているんだ?
 此処まで来たら、確かめてやる。ここで帰ったとしても、何も残らない。後悔するだけだ。
 僕はドアを開け、中に入った。鍵は掛かっていなかった。
 「・・・お邪魔します」
 申し訳程度に発したその言葉が、この建物の住民に聞こえたかどうかはわからない。ただ、何となく、無言で入るのは気が引けたので・・・。
 中はほぼ暗闇だった。電灯は付いていない。かろうじて入ってくる外の光に頼って、僕は中の様子を見回してみた。
 料理をした後の匂い。古い造りの台所。冷蔵庫。椅子とダイニングテーブル。テーブルの上に載った調味料。生活感のある空間。僕は昔の実家の台所を思い出した。実家も、こんな感じだったな。
 懐かしさに囚われていると、
 「二階でーす!」
 またさっきの声だ。今度は一回目よりもビクッとはしなかったものの、やはり深夜に大声を聞くと戸惑ってしまう。この建物の住人が、普段からこんな大声を出す人物だったとしたら、近隣住民からの苦情はないのか?引越しおばさんみたいな人だったらどうする?
 しかし、聞こえた声は、若い女の声のようであった。
 僕は、薄暗い中で、何とか二階への階段を発見し、上り始めた。一段一段、踏みしめる度に板がギシリギシリと音を立てる。板が抜けてしまう程痛んではいないだろう・・・が、何しろ階段も暗闇で、本当のところはどうなっているかはわからない。
 さて・・・若い女に知り合いがない訳ではないが、わざわざ僕に、あんな手段を使って手紙を届けるような人物に心当たりはない。
 『貴方はワタシの事など きっと忘れてしまっているでしょう』
 一体、誰なんだろう?
 一段一段、軋む階段を上りながら、思いを巡らせていた。
 ふと、鳩の鳴き声が聞こえたような気がした。
 顔を上げると、二階の廊下が見えた。廊下は、窓から外の明かりが差し込んでいる。一階よりも、比較的明るい。窓の向かい側の壁には、手前から数えて3つのドア。裏口に付いていたような古びた木製のドアだ。その一番奥のドアから、窓からの光にかき消されない、明るい光が漏れていた。夜中にテレビを見ているような、そんな光だ。
 僕は廊下を歩く。廊下もギシリと音を立てる。全体的にかなり古い建物らしい。
 一番奥のドアの前まで来た。ノックする。
 「どうぞ、中へ」
 若い女の声。先程聞こえた、大声の持ち主と同じようだ。しかし、今回は声量も普通。ドアの前に立っている僕の耳に届く程度の声だ。
 僕はドアを開け、中に入った。
 薄暗い部屋。病院のような匂いが鼻を突く。窓からは、か細い月光が差し込んでいる。
 部屋の中央、窓の手前に、ベッドが置いてある。ベッドの横には机があり、その上にはデスクトップパソコンが置いてある。廊下に漏れる明かりの正体は、このパソコンのモニタのものだったようだ。ふと目に留まったのは、点滴の器具。鉄製のスタンドに、袋が吊るされたアレだ。袋から伸びたチューブは、ベッドの上に置かれた細い手に繋がれている。月とモニタの光に照らされたその手は、青白く、点滴と、この部屋に満ちた病院のような匂いと相まって、病人の手のように見えた。
 「・・・久し振りね」
 その手の持ち主は、ベッドに上半身を起こして横たわる女性だった。
 女性は顔をこちらに向けている。その顔の半分を包帯が覆っている。長い黒髪。シャツの上にカーディガンを羽織っている。下半身は布団に包まれ、その上に、点滴に繋がれた手が乗っている。
 「よく来てくれたわね」
 優しい声だ。先程聞こえた叫び声は、本当にこの人が発したものなのだろうか?
 「・・・誰なんですか。貴女は」
 「やっぱり忘れているのね・・・当然か。まだ小さかったものね」
 僕は黙っていた。全くもって訳が判らない。
 「・・・君は6歳の頃、海で溺れたわね?」
 その言葉が僕の脳を激しく揺さぶった。激しく揺れた脳から、一つの記憶が転がり出た。
 ・・・海。幼い僕は岩礁で遊んでいた。腰まで水に浸かってはしゃいでいた僕を、突然の大波が襲う。意識が飛ぶ。気がつくと僕は砂浜に寝かされていた。不安そうに僕の顔を覗き込む母と姉の顔。そしてもう一つ、知らない女の人の顔・・・。
 「マ、まさか・・・貴女は・・・?」
 女性は嬉しそうに微笑んだ。
 そう、海で溺れ、意識を取り戻した僕を覗き込んだ時のあの顔と同じように。
 「思い出してくれたのね?・・・そう、私はあの時、君を助けた女の人よ」

 ・・・陸上自衛隊F駐屯地 部隊事務室
 「どういう事です?捜索するな、とは・・・」
 「・・・K陸士長の捜索は、脱柵者専属の捜索隊が当たる事になった。ウチはもう、彼らに任せるしかない」
 「しかし、あいつはウチの部隊の人間ですよ?それに、脱柵って・・・まだ脱柵とは決まってないじゃないですか。もしかしたら何か事件に巻き込まれた可能性だってある」
 「突然の脱柵者が携帯に出なくなるのは良くある事だ。それに・・・これ以上は私らでも対応できん」
 「なんですかそれ?どういう事ですか?対応できないって」
 「・・・・・・」
 「黙ってちゃわかりませんよ!」
 「・・・N1曹は陸幕長の声を聞いたことがあるかね?」
 「え?陸幕ちょ・・・陸上幕僚長?」
 「・・・・・・」
 「ちょ、ちょっと、それってどういうことです!?陸幕が何か言ってきたんですか!?」
 「・・・・・・」
 「ねえ、答えてくださいよ!先任!」
 「・・・・・・」
 「先任!」
 「・・・陸幕からの直接命令なんだ!『捜索は陸幕調査部がやるから手を出すな』とな!私にもワケが判らんよ!陸上幕僚長がなんで一人の陸士の脱走なんかに介入してくるんだ!Kが一体何をしたっていうんだ!」

つづく



  1. 2008/02/09(土) 16:06:04|
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「THE HOTEL」~隙間の短刀~

※この物語は実話を基にして構成されています※

「THE HOTEL ~隙間の短刀~」

風呂で気付いた関西弁の男。
どうみても、カタギの人間じゃない。
間違いない。奴はヤクザだ。

風呂から上がった僕は、自分の個室へと戻った。
一人の空間に居ると、思考だけが進んでいく。
…僕は今、ヤクザと同じ階で寝泊りしている。
…ましてやここはカプセルホテル。宿泊客同士の距離は、有るようで無い。
そう考えると、個室を仕切るカーテンが何とも頼りなく思えてきた。
…もし、僕が眠って、鼾(いびき)をかいて、同階の関西弁の男…“あの男”が、イチャモンをつけてきたら?
…廊下で擦れ違った時、目が合って、イチャモンをつけられたら?
…その他、予想だにしない事で、イチャモンをつけられたら?
…どうするどうするどうする。
不安感だけが加速していく。
耐え切れなくなった僕は、ホテルの1階に降りることにした。
そこには、ビールの自動販売機がある。アルコールで気を紛らわせよう。そういう考えだ。

1階には、宿泊客が暇を潰せるようなロビーがある。大型のテレビ、スロットマシーン、本棚。はっきり言って、大した規模ではない。広さ的には、イメージとして“一般家庭の居間”を想像してもらえればいいと思う。しかし、そこを利用している客の姿を、僕は、泊まった時には必ずと言っていいほど見ている。
今日も、その小さなロビーには、数名の利用客の姿があった。
僕は、彼等の容姿には気にも留めない。
ただ、彼等はどうしてこの狭いロビーに居るのか?が脳裏を過ぎる。
見知らぬ人間と、居間のような場所で、1つのテレビを見る。すぐ傍には、受付カウンターがある。人の出入りもある。スロットマシーンもうるさい。
そんな場所で、くつろげるのか?
…人それぞれ、と言ってしまえばそれまで。
ここに居る人たちは、他人との触れ合いを求めているのかもしれない。
…まあ、僕は違うのだが。
ふと、僕はスロットマシーンを打っている人影に気が留まった。
いつもなら気にしないはずなのに、何故?

それは、そこにいるのが“あの男”だったからだ。
男は、チェックインした時と同じ服装で、スロットに向かっていた。
そして、男の背後には、あの中年女性が立っていた。
中年女性が男に話しかけている。
「ねえ、行くんでしょう?」
…何処へ?
「まあ、待っとけや。すぐ終わるから」
…?
僕はそれ以上、この二人に関わらないことにした。
自動販売機でビールを買うと、僕は再び自分の個室へと戻った。

カーテンを閉め、“とりあえず”の自分の空間を手に入れる。
たった今買ったばかりのビールの蓋を開け、一気に飲み干す。
冷えたビールが喉を通り、心地よい苦味が口の中に広がる。
少しの間、喉ごしに浸っていると、先程の不安感が嘘のように消えていく。
…僕はどうしてあんなにビクついていたんだろうか?
…大したことじゃあないじゃないか。いくらヤクザだからといって、訳も無しに大暴れはしないだろう。
…そもそも、あの男は本当にヤクザなのか?ただ、刺青を入れているから、服装がそれっぽいからといって、それだけでヤクザだと決め付けるのはおかしいのではないか?
…ちょっと変わったカタギの人かもしれないじゃないか。
…そうだ。何をビビってるんだ。僕は、僕は国家公務員だぞ!負けるもんか。格闘術は…自信ないけど、足には自信がある。万が一の事態になっても、逃げ切る脚力はあるんだ!あのオッサンが陸上選手でもない限り、負ける要素は1つもない!

疲れが溜まった上、風呂上りの身体には、ビールは予想以上の効果を発揮した。過剰な自信が湧き上がり、不安感に取って代わって、今度は安心感が満ちていく。
先程寝たばかりだというのに、僕は再び眠りに落ちてしまった。

どれくらい眠ったのだろうか。
僕が再び目を覚ますと、外には夜の帳が降りていた。
フロアには、他の宿泊客のものであろう、テレビの音声が小さく漏れている。わずかながら寝息も聞こえる。いつもの、僕が知っている、小さなカプセルホテルの夜だった。
寝ぼけた頭のままぼんやりしていると、トイレに行きたくなった。
僕は、欲求に従うまま、個室を出て、フロアの片隅にあるトイレへと向かった。
カーテンの閉まった個室の前を通る度、寝息や、テレビの音が聞こえる。中には、全く物音のしない個室もある。カーテンの隙間から明かりが漏れているから、中に客はいるのだろうが…こういう客ばかりだと、仮初めのプライバシーしかない、この宿も静かでいい。
トイレのドアの前まで来て、ふと僕は、ドアの向かい側の個室に気を留めた。
…そう言えば、この場所の上下の個室は、あのヤクザ風の男と、ケバい中年女性が利用している所だ。
上段の個室からは明かりが漏れている。人の気配もする。あのヤクザティックオッサンが居るようだ。
一方、下段の個室は明かりが点いていない。それどころか、カーテンも引かれていない。
…ケバオバサンは何処へ行ったのだろうか?
関わらないことにしたつもりでも、なんだか気になって仕方がなかった。
とは言え、ここにずっと佇んでいても怪しいだけだ。下手をして、ヤクザティックオッサンの逆鱗に触れでもしたら大変な事になる。
僕はそそくさとトイレの中に入った。

壁際の小用の便器に立ち、用を済ませながら、僕は何気なく辺りを見回した。視線が、大用の個室に止まった。
ここのトイレは、小用便器に向かって、左手に、大用の個室が2つ並んでいる。その、小用便器に近い個室のドアの鍵が、使用中であることを示す“赤”になっている。
…誰かが入ってるのか?もしや、ケバオバサンか?
それにしては、人の気配がない。
個室と小用便器の距離はほとんどないと言って良い。それでも人の気配は感じられない。
しかし個室には鍵が掛かっている。
…どういうことだ?

その時、無意識に、視線の中央にある物に、僕は気を引き付けられた。
個室のドアの僅かな隙間。

…木?

間違いなく、個室の中には誰もいないようだ。
その証拠に、洋式便器の蓋が閉まっていることが確認できる。
5mm程度の隙間から見えるのは、閉じた便器の蓋の上に置かれている、木のような材質の“何か”。
覗こうと思って隙間を見たわけではない。
しかし、視線は、その僅かな隙間の向こうにある“何か”に釘付けられた。

…木の棒?

どうして木の棒が便器の蓋の上に置かれているのか?
いや、木の棒にしては、表面が滑らかすぎるようだ。
ここで僕は我に返った。

…何を考えてるんだ。トイレの個室を隙間から覗くなんて。どうかしてるぞ。
…何だっていい。自分の空間に戻ろう。

僕は水を流して、踵を返した。

その時だった。

…何かで見たことがある。あの、木みたいな物…。
…棒じゃない。棒にしては、平べったすぎる。
木のような材質で、平べったくて、便器の蓋の上に載りそうな大きさの物…。

…おふだ?

いや違う!

僕は個室の隙間を再び覗き込んだ。
はっきりとは見えない。しかし、これは…

…ドス?

<ドス(どす)>
(1)短刀。あいくち。
(2)人を恐れさせるような気配。凄味(すごみ)。
ヤクザ映画などでお馴染みの小刀。警備員の警棒、警察官の拳銃のように、ヤクザの必須携帯武器と言っても過言ではない。「ドスの利いた声」のドスは、これが由来。

ド、ド、ドス!?
なんで、なんで、なんでドスが!なんでドスがここにあるんだ!
誰が持ってきた?なんで便器の蓋の上に置いてある?誰も入っていないのに、どうして個室に鍵がかかっている?

脳髄の回路を電気信号が走り回る。
さっきまで残っていた眠気は吹き飛んだ。

ヤクザ風の男と中年女性。
消えた中年女性。
1人残ったヤクザ風の男。
誰も入っていないのに鍵のかかったトイレの個室。
便器の蓋の上に置かれたドス。

「ねえ、行くんでしょう?」
「まあ、待っとけや。すぐ終わるから」

!!?

「ねえ、行くんでしょう?」
…何処へ?
「ねえ、行くんでしょう?」
…どこへ!?
「ねえ、行くんでしょう?」
…!

「ネエ イクンデショウ」
「スグ オワルカラ」

<To Be Continued...>



  1. 2007/12/09(日) 00:05:38|
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「THE HOTEL」~入浴者は唄う~

※この物語は実体験を基にして構成されています※

NOVEL#01
「THE HOTEL ~入浴者は唄う~」

僕はホテルに良く泊まる。
と言っても、ラブホテルじゃないし、夜景の見えるステキなスイートルームでもない。
カプセルホテルというやつだ。
冒頭に、何だか偉そうに「僕はホテルに良く泊まる」などと書いたが、実際のところは、とある1軒のカプセルホテルに良く泊まる、というのが事実だ。
1泊3000円のそのホテルは、とある市内のとある街角にある。
3階建ての建物で、1階にフロントと風呂、2階と3階が客室になっている。客室は、2.5畳程度の縦長の小部屋が、2段になって横に10室程度並んでおり、それぞれの個室は、入り口をカーテンで覆えるようになっている。一応のプライバシーは守られているという訳だ。ただ、隣の個室のいびきやTVの音、何やらガサゴソやっている音が聞こえる、という点を除けば。
普通の人にとっては、ただ1夜を明かすだけの場所、なのかも知れない。安い料金で、入浴できて、屋根のある所で眠れる、それだけあれば十分、という人だけがこのホテルに泊まるのだろう。
しかし、僕はこの小さな安宿が気に入っていた。
狭い。だからこそ、そこに泊まる人々は、互いに迷惑をかけないように、暗黙の誓いを立てている。階段や廊下ですれ違っても、なるべく関わり合いにならないように、目線を落として行き違う。最低限のプライバシーしか存在しないから、なるべく、他者の存在を無視するようにしている。そうしないと、とてもではないが、周りが気になって眠れないだろう。いびきが聞こえても、生活音が聞こえても、それをあたかも当然の、自然の音のように思える人だけが、こういった所に泊まれるのではないかと僕は思う。
神経質な人にはお勧めできない、ということだ。
かく言う僕も、神経質な方ではあるが、他者とのぶつかり合いをうまく避けている、という点で、このホテルの客たちとは相通ずるものがある。
利用客には色々な人がいる。
金回りの良さそうな老人。職業不詳、年齢不詳の男性。真面目そうな青年。等々。
そんな人達が、なるべく他人との摩擦を避けようとしながら、このホテルに宿泊する。そんな空気が気に入っているのである。

しかし、その日の空気は違っていた。

僕はいつも通り、土曜日の夕方に、そのカプセルホテルに入った。
いつも通り、親切な初老の男性が、カウンターで迎えてくれる…筈だった。
ホテルに入ると、カウンターには先客がいた。これ自体は珍しいことではない。僕は先客が用件を済ませるのを待った。
待っている間、暇だった僕は、先客の様子を窺ってみることにした。俗に言うマン・ウォッチングというやつだ。ホテルの利用客とは、なるべく関わり合いを避けようとはしているが、僕はこのマン・ウォッチングを密かに行っている。どんな人間が、今日、このホテルに泊まるのか、それに少しばかり興味がある。とんでもない人間が僕と一緒に泊まるかもしれない。そんな、期待と不安の入り混じった興味だ。
先客は、痩せ型、坊主頭、白いスーツのズボン、えんじ色のYシャツを着た、30歳代位の男性。そして、中肉中背、モワッとした髪型(おばさんパーマというのだろうか?)、やたらと派手な模様のワンピースを着た、これまた30歳代位の女性。
パッと見、オッサン&オバハンのカップルである。
「ほんなら、1つの部屋に、2人で泊まることはできんということやな?」
オッサンが関西弁で、受付の男性に尋ねている。
おいおい、オッサン、オバハン、あんな狭いスペースに2人で泊まるつもりかよ。
2人はよく見ると、ちょっと常識が欠けていそうだ。普通やらねえだろう、というようなことをしでかしてしまうような気がする。
まさか…アレをするつもりか!?そうなのか!?嫌だ!ただでさえ音が抜ける構造だというのに、アレをされたらたまったもんじゃない!ましてや中年カップル同士の実況中継なんてまっぴらゴメンだ!
そして、受付の男性が、オッサンの問いに否定的な答えを出すことを願った。心の底より、強く。
受付の男性が口を開く。
「それはできませんね。隣同士か、上下の個室を取ることならできますが」
やった!ふぅ~。
僕は心の中でガッツポーズをし、安堵のため息をついた。
「しゃあないわなあ。それでええか?」
「仕方ないわね」
中年カップルは、納得したようで、チェックインを済ませて、玄関フロアを横切り、客室への階段を上がって行った。どうやら常識はあるらしい。僕としては、関西弁のオッサンが逆切れでもするんじゃないかと内心でちょっとだけヒヤリとしたが。
さて、次は僕の番だ。カウンターの前に立つと、受付の男性が僕の顔を見て言った。
「ああ、Kさんね。良く泊まってくれる方だね」
顔を覚えられてしまったか。まあ、別にいいや、と、苦笑いを浮かべながら難なくチェックインを済ませる。
「え~と、それじゃあ部屋は…今日は、3階が予約で塞がっているんですよ。ですから2階でよろしいですか?」
了承し、ロッカーの鍵を受け取る。
そして、2階へ。2階へのドアを開けるや否や、話し声が聞こえてきた。
「何やぁ、結構狭いなぁ」
「そう?私は広いと思うけど」
聞き覚えのある声。さっき受付にいた、中年カップルだ。
「まあええか、俺は…」
関西弁のオッサンは、ガサゴソと、荷物の整理を始めた。
僕はもう、他者の存在無視モードに入ることにした。気にしていたら、休めないのだから。
僕は自分にあてがわれた個室に入り、入り口にカーテンを引いた。
軽く横になると、自分では自覚はしていなかったが、疲れていたのだろう…そのまま眠りに落ちてしまった。

目覚めると、2時間余りが経過していた。
僕はまだ風呂に入っていないことに気づいた。ホテルに入る前、街中をほっつき歩いたのだが、今日は暑かったせいで、身体は汗でベトベトとして気持ちが悪かった。それすらも忘れて眠ってしまったのは、やはり暑さのせいで疲れていたからだろう。
僕は着替えを持って風呂へと向かった。

脱衣所に入るなり、僕の耳に響いてくるものがあった。
歌声である。
浴室で、誰かが歌を唄っている。歌詞は聞いたこともないが、演歌調の曲であることは確かだ。
随分とゴキゲンだな。風呂で歌を唄いたくなるのは共通みたいだ。まあいいか。
脱衣所の籠には、先客のものであろう着替えが入っていた。僕はその籠から2つ隣の籠に脱いだ服と着替えを入れ、浴室へと入った。
唄う入浴者は、壁に据え付けられた洗い場の前で、身体を洗っていた。
僕は先客の反対側の壁にある洗い場の前に座った。
明らかに僕の存在を認めたにも関わらず、先客は歌を止めない。
お湯の温度を調節しながら、僕は歌声に改めて耳を澄ませた。
…音痴ではない。結構うまい方だ。声量もなかなか…と言うか、ちょっとうるせえw
風呂で歌を唄うのは悪いことではないと思う。ましてや、こういった広い浴室で歌を唄うのはさぞかし気持ちがいいだろう。ただ、この浴室が広いのは、公衆のものであるからだ。誰か他人が入ってくることがあるということだ。そんな所で、堂々と歌を唄うとは。
僕は赤の他人に歌を聞かれるのが恥ずかしい。だから、僕にとっては、公衆浴場で堂々と唄い続ける先客の姿が、ちょっぴり男らしく見えたのでありました。
ふと思う。この唄う入浴者もまた、他人の存在を無視しようとしているのはないだろうか。
僕は、鏡に映った自分の肩越しに、唄う入浴者の後姿を見た。

坊主頭。痩せ気味の身体。

そうだ。僕はこの男に見覚えがある。

先程の脱衣所で見た光景がフラッシュバックする。
脱衣所にあった使用済みの籠。あれに入っていた着替えは、白いスーツのズボンと、えんじ色のシャツ。

受付にいた関西弁のオッサンだ。

オッサンは唄いながら、洗面器に溜め置きしていた湯を被る。
泡に包まれた背中が見える。

そこには

見事な 竜の 刺青が

オッサンの背中一面 上腕から腰にかけてびっしりと。

僕は絶望と、何かに裏切られたような気分に駆られ、思わず顔を覆った。

迂闊だった!
受付で見た時、何故気づかなかったのか!?
オッサンの服装…白いスーツのズボン、えんじ色のシャツ…

忘れていた!いや、気づかない振りをしていたのだろうか?
オッサンの胸には、金色のネックレスが輝いていたのだ!

どうみてもヤクザです。ありがとうございました。



…悲劇はこれで終わらない…
<To Be Continued...>



  1. 2007/10/20(土) 18:13:30|
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